2012/08/01

平成24年8月号 ビートルズ

平成24年8月号 ビートルズ 

ロンドン・オリンピックが開幕して、テレビも新聞もオリンピック一色だが、メジャーリーグファンの私としては、やはり気になるのはこの人。



さすがにシアトルのトップスターとして長年緊張を強いられた疲れからか、去年は年間200本安打を達成できず、今年も打率は低迷しているが、ここで心機一転、もう一度ヒットメーカーぶりを発揮してほしい。
幸い、移籍後は毎試合でヒットを打っているし、7月30日の試合ではメジャーリーグ通算100本目のホームランを打っていて、調子がいい。今度は常勝球団ニューヨーク・ヤンキースなので、イチローのヒットでワールドチャンピオンの座をつかむのも夢ではない。
そして、もう一人、気になるのがこの人。




そう、ゴジラこと松井秀喜選手。
5月29日にメジャー昇格した最初の試合でホームランを打ったりして「ゴジラ復活」とばかりに喜んだが、その後は凡打を重ね、結局、タンパベイ・レイズから戦力外通告を受けてしまった。
もう一花咲かせてほしいと思うが、膝のけがを抱えているし、もう無理なのかな。
ニューヨーク・ヤンキース最後の年の2009年、ワールドシリーズMVPを受賞したときのような活躍をもう一度見てみたい気はするが。

さて、ロンドン・オリンピックに戻る。
開幕式を見たが、ブリティッシュ・ロックファンの私としては、ポール・マッカートニーがどの曲を歌うかが最大の関心事だった。

ポールは最後の最後に登場した。導入も「アビー・ロード」に収録されている「ジ・エンド」の最後のフレーズ。
ピアノを演奏するポール・マッカートニーをアナウンサーが紹介したあと、ポールはおもむろに「ヘイ・ジュード」と歌い始めた。
この曲は、ジョン・レノンと最初の妻シンシアが離婚するとき、当時5歳だったジョンの一人息子のジュリアンがあまりに落胆していたので、ポールが彼を元気づけるために作ったもの。
ジュリアンに気遣うほど気の優しいポールのことだから、参加した選手たちに「成績が悪くてもくよくよするなよ。自分だけが国を背負っているわけではないのだから」という励ましのメッセージを送ろうとしたのだろうか。

ちなみに、2005年のNFLスーパーボウルのハーフタイムショーにポールが出演したときには、「ドライブ・マイ・カー」「ゲット・バック」「リブ・アンド・レット・ダイ」「ヘイ・ジュード」の4曲を演奏している。
このうち「リブ・アンド・レット・ダイ」だけはウィングスのときの曲で、「007死ぬのは奴らだ」のテーマソングになっている。
007はイギリスが舞台だし、盛り上がる曲なので、もしかしたら演奏するのはこの曲かな、と思っていた。
でも、やっぱり「ヘイ・ジュード」は誰もが知っている曲だし、後半はみんなで合唱するにはちょうどいいので、落ち着くところに落ち着いたのだろう。
それに、最後にポールが「ウェルカム・トゥ・ロンドン」と言っておきながら「ゲット・バック(帰れ)」はないだろうから。

前置きが長くなったが、今月はビートルズにちなんで「サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブバンド」のドラムセット。
食玩のドラムパーツを集め、バスドラムに同名のCDのおまけを貼ってみたらピッタリの大きさだった。



下の写真の切り抜いてあるところが、バスドラムに貼り付けた部分。アルバムのジャケットの真中にも「サージェント・ペパーズ」のバスドラムがある。



下の写真は上から見たところ、椅子の上にはスティックを置いてみた。



ポール・マッカートニーといえば、1990年3月の来日公演のことを思い出す。
1990年には、ようやく初来日を果たしたローリング・ストーンズのコンサートにも行ったので、立て続けに1960年代から活躍している大物ロック・スターを目の当たりにすることができ、夢のような心地であった。
特にポールの方は、1980年に来日することが決まった時、チケットの発売初日に朝からプレイガイドの前の長い列に並んでチケットを買ったのに、大麻所持で強制送還させられコンサートが中止になったという苦い思い出があったので、感慨深いものがあった。

1990年は、バブル経済の好景気が続いていて、お金を出すスポンサーには事欠かなかった。
そのため大物バンドを難なく日本に招へいすることができたのだ。
バブル経済がいいとは思わないが、あのころの、明るく、にぎやかで、きらびやかな日本をちょっぴりなつかしく思う。

寄る年波にも負けず、あらんかぎりの声を振り絞ってシャウトしていたポール・マッカートニーの姿を見ていたら、いろんなことが頭の中に浮かんできた。


2012/07/16

平成24年7月号 世界遺産

平成24年7月号 世界遺産

ユネスコの第36回世界遺産委員会が今月2日、26件の新規登録を認めた、とのニュースにちなんで今月のテーマは「世界遺産」。
今回は、タカラの食玩「世界遺産~世界遺産を巡る旅へ Vol.3~」をコレクションボックスに入れてみた。
まずはモアイ像。
ベースは、5月号で紹介したジオラマベースの「草原」、バックはフリー画像を印刷して1ミリ厚のスチレンボードに貼り付けたもの。
以前、テレビで紹介番組を見て、イースター島に行ってモアイ像を眺めながら何も考えずに潮風にあたりたいと思ったこともあったが、往復だけで4日かかるし、旅行代金もかなり高いので先送りになっている。
今でも他に行きたいところがたくさんあるので、たぶん引退後まで先送りになるだろう。それまではこのモアイ像を眺めて、遠い南太平洋の島に思いをはせよう。





次は日本代表で屋久島。
ベースはジオラマベースの「波」。




続いて左から「カナディアン・ロッキー山脈自然公園群」、メキシコの「古代都市パレンケ」、スペインの「アルカサル城」。


そして最後が、全部で6種類あるVol.3のうち唯一行ったことのある「アンコールワット」。



アンコールワットを訪れたのは1996年の9月はじめ。
外の最高気温は38℃、日陰とはいえかなりの蒸し暑さの中、回廊に描かれた「王の進軍」「乳海撹拌(かくはん)」といったレリーフを見て、その素晴らしさにため息をついたことを思い出す。

こちらはシークレットの「アンコールワット」ゴールドバージョン。



解説カードに、売り上げの一部は社団法人日本ユネスコ協会連盟の行う世界遺産活動に寄付される、と書いてある。世界遺産のために少しは貢献できたのかと思うと、うれしくなってきた。



2012/06/11

平成24年6月号 ツタンカーメン黄金のマスク

平成24年6月号 ツタンカーメン黄金のマスク

 今年は海外美術館の展覧会の当たり年。
 国内の美術展も充実しているので、土日のどちらかは美術館に行くという日々がしばらく続き、美術館のはしごをしたことも何回かあった。

 今年の美術展の特徴の一つは「フェルメール・イヤー」と言わるほどフェルメールの作品が多く日本に来ること。何しろ世界中に作品が35点ほどしか残されていない17世紀のオランダ画家の作品を6点も見ることができるのだ。さらに銀座のフェルメールセンターではデジタル複製で全作品を鑑賞することもできる(7月22日まで)。

 もう一つの特徴は、海外からの里帰り作品展が多いこと。
 ホノルル美術館蔵「北斎展」(三井記念美術館 4月14日~6月17日)、ニューヨーク・メトロポリタン美術館所蔵の尾形光琳「八橋図」を展示した「KORIN展」(根津美術館 4月21日~5月20日)、「ボストン美術館 日本美術の至宝」(東京国立博物館 3月20日~6月10日)と、開催時期が重なっていたので日程調整に苦労した。もちろんうれしい悲鳴ではあるが。



 そして三つ目の特徴は、古代エジプト。
 7月7日から六本木ヒルズ・森タワーの森アーツセンターギャラリーで開催される「大英博物館古代エジプト展」。ここには全長37メートルにも及ぶ「死者の書」が展示される。もう一つは、現在、大阪会場で開催されていて、8月4日から上野の森美術館で開催される「エジプト考古学博物館所蔵 ツタンカーメン展」。
 ただし、「ツタンカーメン展」の方は、入場料が土日祝日で一般3,000円と高く、黄金のマスクは来日しなこともあって、二の足を踏んでしまう。
 2003年、エジプトに行ったときにエジプト考古学博物館(カイロ博物館)に行って、黄金のマスクをはじめ所蔵品はたくさん見たし、去年はベルリンの新博物館で古代エジプトの遺産を思う存分見たので、行かなくてもいいかな、と思っている。

 前置きが長くなったが、
「ツタンカーメン展」に行かないかわりに、ここで私のコレクションから今回来日しない黄金のマスクをはじめとした古代エジプトの遺産を紹介したい。
 まずはツタンカーメン「黄金のマスク」。下はゴールドバージョン(これは実在しない)。





(もともとがガチャポンのストラップなので頭の上にリングがついている。取ろうとしたがうまくいかなかったので、そのままにしました。ご了承ください)
 次は、ピラミッドとスフィンクス。東急ハンズで購入した「シーナリーペーパー(砂利タイプ)」のデザートイエローを下に貼り付けてギザの風景をイメージしてみた。100円ショップと並んで東急ハンズも模型やジオラマ作成の心強い味方。それにしてもスフィンクスの顔がかわいい。



これがコレクションボックスの全体像。上段中央の黄金のマスクの前には、カイロ博物館と同じく、ミイラ室入口の番人像を並べた。その左のゴールドバージョンの前にはホルス神(ハヤブサ)像を並べた。


 上の写真の下段左はネフェルティティ王妃の胸像(下はアップ写真)。
実物はベルリンの新美術館に展示されていて、去年見てきた。ネフェルティティはアメンホテプ4世(アクエンアテン)の王妃。二人の間には6人の娘がいて、上から3人目のアンケセナーメンはツタンカーメンの妃となったので、ツタンカーメンの義母にあたる。ネフェルティティはその美貌が有名だが、美貌だけでなく、ファラオに匹敵するほどの政治的影響力をもっていたとも言われている。
 ネフェルティティの隣はツタンカーメン第3の王棺で、閉じた状態と開いた状態のものを並べた(ネフェルティティの写真の下)。




 下段中央はツタンカーメン黄金の玉座。その右はアヌビス神が守る黄金の厨子。さらにその隣は、アンク型祭具と聖甲虫スカラベ(ふんころがし)。







2012/05/13

平成24年5月号 ウルトラシリーズ(その1) ゴモラとバルタン星人

平成24年5月号 ウルトラシリーズ(その1) ゴモラとバルタン星人

今回は、前回話が出てきたゴモラが大阪城を破壊するシーン。

南太平洋のジョンソン島で発見されたゴモラは、生け捕りにして大阪万博に展示しようとする生物学者ナカヤ教授の要請で科学特捜隊が日本に空輸することになった。
 麻酔銃で眠らせて網で捕獲したゴモラをビートル号3機で吊り下げて運んだが、六甲山中の研究所にたどり着く直前、麻酔が切れて暴れ出したので、やむなく六甲山中に落下させた。
 落下のショックで凶暴な怪獣に変身したゴモラは大阪市街に出現し、大暴れする。
 そして、地中を移動しながらたどりついたのが大阪城。
 待ち構えていた科学特捜隊と自衛隊が懸命に大阪城を守ろうとするが、「ゴモラを運んできたのは我々科学特捜隊だ。科学特捜隊の名誉挽回のためにも大阪城を守ってくれ」というムラマツ隊長の叫びもむなしく、大阪城は無残にも破壊されてしまった。
 それでもウルトラマンの活躍でゴモラを倒すことができ、ゴモラははく製になって大阪万博に展示されることになった。





 大阪城を攻撃する時には科学特捜隊の攻撃で尻尾が切られていたが、尻尾があった方がゴモラらしいのでそのままにした。
 ゴモラは確かガチャポンでゲットしたものだったと思う。大阪城は、最近まで店頭に出回っていた「天下の覇城」シリーズ其の壱から。「其の壱」には他に安土城、江戸城がバージョン違いであり、全部で6種類+シークレット。1月のこのコーナーで紹介した「日本の名城」シリーズよりサイズが大きく、より精巧にできているので続編を期待していたが、「其の弐」が出たかどうかは不明。
 大阪万博ではアメリカ館で月の石を見たが、ゴモラのはく製が展示されていた「古代館」は3時間待ちだったので見るのをあきらめた。
 一方、破壊された大阪城の方は平成7年から9年の修理で往時の輝きを戻し現在に至っている。(この箇所は一部フィクションです)

 もう10年近く前になるが、100円ショップの「キャンドゥ」には便利なものが売られていた。
 コレクションボックスは、下の写真の後ろの、高さの違う2種類。どちらもとりはずしができるひな壇がついている。
 それから「優れもの」が手前の「ジオラマベース」。5種類あって、左から、波、砂漠、宇宙、草原、落ち葉。
 大きさは上のコレクションボックスにちょうど収まるようになっている。
 上のゴモラでは「砂漠」を使っている。



 これらの商品も「キャンドゥ」のオリジナルブランドだが、残念ながら今では販売されていない。
 下の写真はバルタン星人。「フォッ、フォッ、フォッ、フォッ」




ジオラマベースは「宇宙」を使っているが、こうやってビルを置くと市街地としても使える。
 ビルはアキバヨドで購入した「ウルトラシティビルセット」。これもお手軽ジオラマの強い味方だ。





2012/04/12

平成24年4月号 昭和の思い出

平成24年4月号 昭和の思い出

閉塞感が充満している時代だからだろうか。今ほど豊かではなかったが、だれもが明るい未来に向かって生き生きと生活していた戦後の昭和が懐かしく思い出されている。
 開発に取り残された街がレトロな街並みとして再発見されたり、ショッピングモールに昔の駄菓子屋を再現した店がオープンしたり、最近では、書店に行けばウルトラマンが表紙を飾っている雑誌を見かけたりもする。
 高度成長経済が始まり、日本中が活気に満ちあふれていた頃、私はまだ小学生だった。
 東京オリンピックの記憶はないが、近所の人に大阪万博に連れて行ってもらい、当時の時代の高揚感を子ども心に感じとったことは今でも鮮明に覚えている。
 そこで、今月は懐かしの「昭和」をコレクションボックスに詰めてみた。




 説明は不要かもしれないが、手前右は南極観測船「ふじ」、左は16文キックを悪役レスラーに見舞うジャイアント馬場、中段右と奥の左は、コカコーラのおまけの車と昭和の街並みの写真、中段左はウルトラマンとゼットン、最上段右はアイススラッガーを投げようとするウルトラセブン。




 相手をロープに投げて、足を上げているところにちゃんと戻ってきて当たってくれる、というのがジャイアント馬場の定番というイメージが強いが、昭和40年代にはトップロープにのぼり、倒れている相手にニードロップを見舞うという俊敏な動きをしていた。

 下の写真は、4年前の7月に会津を旅行したとき、喜多方で撮った写真。ちょうど「喜多方レトロ横丁」という催しを行っていて、メインストリートには昭和30年代の車がずらりと並んでいた。これは懐かしの三輪トラック。


 右は昨年12月、沖縄に行ったとき、オリオンビールの工場で撮った写真。昭和の頃のよろず屋?を再現している。



先月、宇宙飛行士の古川さんがあこがれのウルトラセブンと対面した、との記事が出ていた。モロボシ・ダン役の森次晃嗣さんも出てきて古川さんと対談している。
 これはウルトラシリーズの新作映画「ウルトラマンサーガ」のイベントで実現したもので、「ウルトラマンサーガ」には「ハイパーゼットン」が出てくる。きっとパワーアップした「ゼットン」なのだろう。
 うれしいことに、コンピューター・グラフィックス(CG)大全盛の時代に、ウルトラシリーズ伝統の特撮を重視している。他でも書いたが、CGは目も疲れるし、どうも嘘くさくて好きになれない。
 あえて映画館まで見に行こうとは思わないが、特撮ならミニチュアセットを派手に壊す場面も出てくるだろうか。
 ウルトラシリーズは歳をとるとともに遠ざかっていったということもあるが、真剣に見たのは「帰ってきたウルトラマン」まで。
 「ウルトラマンA(エース)」はカードを集めたので、大量に買い込んだスナック菓子を食べるのに苦労したが、エースと超獣(エースでは「怪獣」でなく「超獣」)との戦闘場面では、周りにはビルなどのミニチュアセットあるものの、実際に闘っている真中の部分はくりぬかれて土になっていたので、建物などを壊すシーンがなかった。
 やっぱり特撮は建物を壊す場面がないとつまらない。
 ウルトラシリーズでの戦闘シーンの圧巻は、ウルトラマンでゴモラが大阪城を破壊するところだと今でも思っている。
 そのシーンも近いうちにこのコーナーでご紹介するのでご期待を。
 ゴモラ、バルタン星人、ガラモン、キングジョー、みんな「出番はまだか」とうずうずしている。


2012/03/13

平成24年3月号 SL磐梯・会津路号とE5はやぶさ

平成24年3月号 SL磐梯・会津路号とE5はやぶさ

9年前(平成13年)の5月の日曜日、親戚の法事に出席するため会津に行った時のこと。
 仕事の都合もあって休みがとれなかったので、始発電車に乗り会津若松まで向かい、昼過ぎには親戚の家を出るという日帰りのあわただしい行程であった。
 帰りは同じ方向に行く親類の車に乗せてもらい、途中の磐梯熱海駅で降りた。
 磐梯熱海は、内陸なので海はないが、その名から想像できるとおり、温泉の街。山あいを流れる五百川に沿って旅館やホテルが並んでいる静かなたたずまいだ。
 切符を買うため小さな駅舎に入ると、10分後に郡山行きの「SL磐梯・会津路号」(当時は「SLばんえつ物語号」だったか)が到着するとの表示。なんという絶好のタイミング!
 私は鉄道マニアではないが、せっかくの機会だからと思い、追加料金を払って「SL磐梯・会津路号」に乗ることにした。
 駅のホームに出て列車の来る方を見ると、線路ははるか遠くで左に曲がり、山の中に隠れていた。
 「まだこのあたりは山深いな」と思いながら列車を待っていると、突然、山のかなたから「ポーッ」という汽笛の音が響いてきた。
 「SL磐梯・会津路号」の汽笛だ。
 ほどなくして、「SL磐梯・会津路号」の姿が見えてきた。
 山を背景に煙を吐いて懸命に邁進する蒸気機関車。
 私はその時、「旅に来てるんだな」という実感がこみあげてきて、うれしさで涙が出そうになった。
 下の写真は、磐梯熱海駅に入線する「SL磐梯・会津路号」と車内風景。
レトロな雰囲気で、まるで昭和初期にタイムスリップしたようだ。



磐梯熱海駅から郡山駅まではわずか25分の短い旅であったが、私は、車内の様子や窓の外を眺めながらしばし時が経つのを忘れていた。
 

そこで今回のコレクションボックスは、ガチャポンのD51とE5の新旧エース。
まずは「SL磐梯・会津路号」と同じD51。右の写真は疾走するD51。小さいながら動輪の連結棒まで動くすぐれもの。




次はE5系東北新幹線「はやぶさ」。昨年(平成23年)3月5日のデビュー直後に発生した東日本大震災により苦難の道を歩んできたが、昨年9月末には完全復旧し、来春には最高時速を300キロから320キロに上げるという。
右は、D51とはやぶさが仲良く走っているシーン(ありえない!)。



東日本大震災で大きな被害を受けた東北三県。その中でも福島県はこれから何年も、原発事故による放射能被害、さらには風評被害と闘わなくてはならないが、福島に親類が多くいる私としては他人事ではない。
当面、東北への旅行の予定はないが、できる範囲のことをしたいと思い、福島産のものを積極的に食べている。1月にはスーパーの名産展で柏屋の「薄皮まんじゅう」を見つけたので買ったし、先週末は会津の親戚から送ってもらった黒豆を煮て食べた。「薄皮まんじゅう」はつぶあんもこしあんもおいしく、甲乙つけがたい。もちろん黒豆もやわらかくておいしかった。






2012/02/22

平成24年2月号 国宝~デジタル複製の世界~

平成24年2月号  国宝~デジタル複写の世界~

今月はNHK大河ドラマ「平清盛」にちなんで京都・神護寺所蔵の国宝「源頼朝像」「平重盛像」。


 源頼朝は平氏のライバルであるとともに、「平清盛」では語り部として登場している。一方の平重盛は清盛の長男。
 写真は、昨年2月に東京駅近くの東海東京証券で開催された「京都・美の継承~文化財デジタルアーカイブ展」で配布されていたパンフレットを切り抜いて作ったもの。
 それを黒画用紙に貼り付け、背景は千代紙風の柄の折り紙、下は畳のミニチュア。コレクションボックスを含め、全部ダイソーで100円で買った。 

 オリジナルは神護寺の「宝物虫払い行事」(5月1日~5月5日)の時に見ることができる。私もこの時をねらって行ったことがあるが、この掛軸は書院の部屋の床の間に掛けられている。国宝を畳の部屋でゆったりと見るなんて、こんな贅沢なことはない。

 特に「源頼朝像」は日本史の教科書ではおなじみだが、真っ黒にしか見えなかった着物が、近くで見ると模様や織り目が丁寧に描かれているのがよくわかる。
 作品そのものも素晴らしいが、落ち着いた雰囲気も気に入ったので、何年か前にもう一回神護寺に行った。その時は、ちょうど檀家さんと思しき女性がお二人来ていて、住職さんが展示作品一つひとつを丁寧に説明されていたので、後ろについて説明を聴かせていただいた。
 その時のゆったり感を再現したくて、ミニチュアの畳を敷いてみた。
 
 「京都・美の継承~文化財デジタルアーカイブ展」は、特定非営利活動法人 京都文化協会とキャノンが、後世に伝えるため貴重な文化財の複製を作成する「綴(つづり)プロジェクト」のデジタル複製を展示したもので、他には俵屋宗達の「風神・雷神図屏風」(オリジナルは建仁寺所蔵で国宝)、狩野山楽の「龍虎図屏風」(オリジナルは妙心寺所蔵で重要文化財)はじめ全部で7点展示されていた。
 デジタル複製というと、やたらテカテカしているといった印象があったが、ここに展示されていた作品は決してそんなことはなく、ごく自然な雰囲気が表現されていた。証券会社の宣伝も兼ねてなのか、入場料は無料だったが、少しはお金をとってもいいのではと思うくらいの価値があった。
 次は2年前の1月に建仁寺に行ったときにいただいたパンフレットを切り抜いて作った俵屋宗達の「風神・雷神図屏風」。建仁寺ではいつもはデジタル複製のものが展示されている。



 デジタルなら海外の作品も日本に居ながらにして楽しむことができる。
 去年の11月には、九段のイタリア文化会館で開催されていた「ウフィツィ・ヴァーチャル・ミュージアム展」で、ボッティチェッリの「春」「ヴィーナスの誕生」、レオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」など、ウフィツィ美術館の名品の実物大レプリカ10点を見てきた。下の写真はカラーの絵入りの作品一覧。これは最後にアンケートに答えていただいたもの。この展覧会は無料だったが、アンケートには有料ならいくら払うかとの質問があり、この作品数なら300円と回答した。有料でも見る価値はあると思う。

 


令和元年8月号 3Dで楽しむ浮世絵の世界(歌川広重 立体組上図)

今回紹介するのは海洋堂「歌川広重 立体組上図」。 ラインナップは、「名所江戸百景」から「大はしあたけの夕立」。   同じく「名所江戸百景」から「亀戸梅屋敷」。 「東海道五十三次」からは「箱根 湖水図」(下の写真右)、「由井 薩埵嶺」(下の写真左)。 続いて「桑名 七里渡口」(下の...