2013/05/13

平成25年5月号 関西紀行(銀閣寺)

平成25年5月号 関西紀行(銀閣寺)

ゴールデンウィークにトラの絵を見に関西に行ったことは「日本史散歩」に書いたが、今回は久しぶりに銀閣寺にも行ってきた。
きりしまつつじと池に浮かぶ「銀閣」、正式には東山慈照寺観音堂。



今回のお目当ては春の特別公開中の「東求堂」。
観音堂とともに東山殿造営当時からの姿のまま残っている(観音堂、東求堂とも国宝)。


銀閣寺に着いたのが午後3時過ぎだったが、その日の最終の案内になる15時50分に滑り込みセーフ。
案内の女性の説明を聞きながら、与謝蕪村や池大雅の襖絵、この地の東山殿を造営した足利八代将軍・義政公の木造などを拝見し、
茶室「同仁斎」へ。
そこには床の間と違い棚があり、障子から外の光が入ってきて部屋の中は明るく暖かみがある。
500年以上も前に作られた茶室であるが、今の私たちが見てもまったく違和感がないありふれた和室。
しかし、このありふれたところが、ドナルド・キーンさんが指摘しているように、この後の時代のあらゆる部屋の原型をつくり、
さらには庭や池などを含めて後世の日本人が感じる美的感覚に大きな影響を与えた足利義政のセンスの良さなのである。
この日は特別に床の間や違い棚に、硯や筆、天目茶碗や花などが飾られ、床の間の一番右手にはさりげなく巻物が置いてあった。
これこそが、中国画家の説明や座敷飾りの図解が記された、いわば足利将軍家の美術品の参考書『君台観左右帳記』。
案内の女性が「これらの装飾品は、この書物の作法に従ってレイアウトされています。今日は特に大事なお客さまのときのパターンです」
と説明してくれた。
足利将軍家と同じ作法で日本の美を楽しむことができる。何とも贅沢なこと。
(東求堂の特別拝観については銀閣寺のホームページでご確認ください→銀閣寺)

特別拝観でいただいたパンフレット。

ということで、今月のコレクション・ボックスは銀閣寺。


キットはフジミの建物シリーズの1/150「銀閣寺」。
木の部分は色がくすんでいるようにするためタミヤ・アクリルカラーのレッドブラウンで塗装し、障子の部分は桟が透けて見えるようにするため薄めに、漆喰壁の部分は
量感をもたせるため厚めにホワイトを塗装した。
地面は白砂をイメージしてホワイト。池はクリアブルー。

屋根の上には黄金色に輝く鳳凰(こちらはもともとゴールド)。


それにしてもバス停の「銀閣寺道」を降りてから総門を通り、境内まで人、人、人の大混雑。
誰もが思い思いに銀閣をバックに写真を撮っている。
天気もよく、気温も上がっていたので沿道でアイスクリームをうれしそうに食べている若い子たちもたくさんいた。
果たして日本の美にふれに来ているのか、アイスクリームを食べに来ているのか、どちらが目的だかわからない。
それでも、みんなが楽しそうな表情を浮かべているのを見ると、こちらも明るくなってくるから悪い気はしない。

応仁・文明の乱で京の街が荒廃し、庶民は飢え、幕府の財政が厳しくなる中、将軍家の美術品コレクション(「東山御物」)を切り売りし、借金までして東山に別荘を建てた義政。
これを見にやってくる現代の多くの人たち。
沿道の食べ物屋やみやげもの屋は人でいっぱいだし、銀閣寺から祇園、清水寺を通って京都駅に行く100系統のバスは、臨時便を出してもすぐに満員になり、さらにバスを待つ人の長い行列ができている。
東山の地がこれだけのにぎわいを見せるとは、まさに義政サマサマである。
失政ばかりで浪費壁の義政を責めることはできるが、もし銀閣寺を建てなければ私たちは当時の文化にふれることはできなかった。
複雑な気持ちではあるが、「いいもの見せてくれてありがとう」と素直に感謝するのが一番なのだろう。



2013/04/07

平成25年4月号 大判小判がざっくざく(江戸時代編)

平成25年4月号 大判小判がざっくざく(江戸時代編)

近頃、カブダカという耳慣れない鷹がカンワ、カンワと啼きながら空を飛び回って私たち庶民の財布を狙っているらしい。
お店で食べるミックス焼きは、具が少なくなって粉っぽいばかり。それでも値段だけは毎年上がるようだ。
これじゃ財布のひもはちっとも緩くはならない。
景気のいい話がないならば、せめてうたかたの夢でも見て、リッチな気分にひたろうか。

ということで、今月はガチャガチャの「日本の大判・小判・金貨」シリーズから江戸時代編をお届けします。


前列中央は「慶長大判」。本物は今では何千万円もするそうだが、これはわずか100円。
大きさは実物を30%ほど縮小したものだが、真鍮メッキ製なので重ね合わせると「チャリン」と音がして気持ちいい。
左は万延大判、右は元禄大判。
一番左は現役の500円玉。本物の大判はこの3倍強だったので、よっぽど大きかったのがよくわかる。


こちらは小判を紙でつつんだもので、金座や両替商の内容証明付きのもの。
時代劇で悪徳商人が「山吹色のお菓子でございます」と、いかにも「悪だくみをしています」といった顔で、桐の箱いっぱいにつまった小判の包みを悪代官に渡すあれだ。


こちらは元禄小判の3枚セット。

必殺シリーズで殺し屋たちが依頼人からの小判をめいめい手にとり「殺し」に向かうシーンを思い出す。
ユニークな殺しのテクニックや挿入される映像が面白かった必殺シリーズの中でも特に好きなのは、必殺仕置人(1973年放送)。
ご存知中村主水(藤田まこと)初登場の作品で、他にものらりくらりの念仏の哲(山崎努)、クールな棺桶の錠(沖雅也)と個性的なメンバー。
特に念仏の哲が仕置きする「骨はずし」の場面では、いきなりレントゲン写真が出てきてナンセンスギャグっぽくておもしろかった。

さらにナンセンスさで笑えたのが新必殺仕置人(1977年放送)。
仕置人の闇組織「寅の会」の総元締め「寅」役で出演していた阪神タイガースのかつての主砲・藤村富美男が、秘密を漏らした仕置人を仕置きするところで、
寅が細長い棒を振り上げたとき、藤村富美男が現役時代にホームランを打ったときの映像が出てきて、棒を振り回すと仕置きされた仕置人の首がはるか遠くまで飛んでいく。
他の時代劇では考えられない演出だった。

それでも、いつもハッピーエンドで終わる勧善懲悪の時代劇はどうも嘘っぽかったが、恨みは晴らせても心の中に暗いものが残る必殺シリーズの方がリアルに感じらたから不思議だ。
ところで元禄大判と元禄小判。
時の将軍、徳川綱吉の放漫財政で莫大な赤字を抱えた幕府が、金の含有量を減らして貨幣の流通量を増やし、幕府の歳入を増加させるために鋳造したもの。
おかげで景気は良くなり、幕府の財政も一時的にうるおったが、インフレで物価は上がり、庶民は苦しめられた。

あれ?どこかで起こっていることと同じではないか、こう考えると一気に現実に引き戻されてしまった。
せっかく大判小判をながめてリッチな気分にひたろうと思ったが、やっぱりうたかたの夢は長くは続かないようだ。


2013/03/03

平成25年3月号 サンダーバード「第2話 ジェット”モグラ”号の活躍(Pit of Peril)」

平成25年3月号 サンダーバード「第2話 ジェット”モグラ”号の活躍(Pit of Peril)」

いよいよこのコーナーに「サンダーバード」シリーズ登場!
記念すべき第1回は、第2話「ジェット”モグラ”号の活躍(原題 Pit of Peril)」。


これは、4年前にエフトイズ・コンフェクトから出た「サンダーバード・メカニック・コレクション」の「1/700 2号ポッド(5番装備)&1号セット」。
(このシリーズは、他に「1/350 サンダーバード1号」「1/700サンダーバード2号」「1/2000 サンダーバード3号・5号」「1/144サンダーバード4号」がある) 
 アメリカ陸軍の新兵器、ジャングル開拓車「ゴング」がテスト走行中、かつて石炭の露天掘りの現場だった穴に落ち、周囲が火災につつまれる中、乗組員が閉じ込められてしまうというストーリー。
救援要請を受け、現状確認のためいつも真っ先に駆けつけるのが、トレーシー一家の長男スコットが操縦するサンダーバード1号。


次に次男バージルが操縦し、科学者ブレインズが同乗しているサンダーバード2号(5号装備搭載)が到着。ジェット”モグラ”号と2台の磁力牽引車がコンテナポッドから出てくる。
磁力牽引車で「ゴング」を引き上げようという作戦だが、その前に邪魔になっていた表面の地層を爆破するため、防護服に身を固めたバージルが穴の中に入り、爆薬をしかけた。
この回のタイトルは「ジェット”モグラ”号の活躍」となっているが、モグラ号が活躍したのは、爆薬をしかけ終えたバージルを救いに行く場面だけだった。
(モグラ号は他の回でも活躍するので、あらためてじっくり紹介します)


実際に大活躍したのはこの磁力牽引車。1号車はバージルが操縦し、2号車はリモートコントロール。
車の上に積んでいるシルバー色の2つの吸盤を銛(もり)のように飛ばし、磁力で吸盤を「ゴング」にくっつけ、あとはぐいぐい引っ張るだけ。
ところがこの「ゴング」というマシーン、原語では”Sidewinder”といってアメリカ中西部の砂漠に住み、体をS字に曲げて横滑りしながら前に進むので「ヨコバイガラガラヘビ」と呼ばれているヘビの名前
が付けられているが、実際にはどうみても巨大なタガメ。それがひっくり返っているのだから、引っ張り上げるのにも苦労した。
それでも途中で吸盤が外れたりもしたが、この磁力牽引車は重さ500トンはあるという「ゴング」を穴の中から引き上げ、乗組員たちも間一髪で救出することができた。

コレクションボックスの連載を始めた当初からこのシリーズにサンダーバードを紹介しようと思っていたら、去年、ちょうどおあつらえ向きの本が出版されていたのに気が付いた。
その名も『サンダーバード読本』。左が表紙で、右が裏表紙。
この本によると、テレビで放映された全32話の放送順がイギリスと日本で異なり、さらに権利元のカールトンが再放送時などに推奨していて、DVDの順番にもなっている「カールトン推奨順」というのもあるので、以後、このコーナーでは「カールトン推奨順」に従って表記する。ただし、今回紹介した「ジェット”モグラ”号の活躍(原題 Pit of Peril)」は、いずれの場合も第2話だった。


アオシマからサンダーバードのプラモデルが発売され、子どもの頃は値段が高くてとても手が届かなかった「サンダーバード秘密基地」や「ファイアーフラッシュ号」(もちろんエレベーターカー付き!)」を手に入れたので、冒頭紹介したエフトイズのサンダーバード・メカニックコレクションとあわせて、これからも順次サンダーバードの名シーンを再現したいと考えていますので、どうかご期待ください。

(付記)
昨年12月27日の朝日新聞に、サンダーバードのプロデューサー、ジェリー・アンダーソンさんが83歳で亡くなられたとの記事が掲載されていた。記事の横にはサンダーバード2号を手に満面の笑みを浮かべているアンダーソンさんの写真もあった。私を含め多くの子どもたちに夢を与え続けてくれたアンダーソンさん、ありがとうございました。ご冥福をお祈りします。 



2013/02/03

平成25年2月号 ウルトラシリーズ(その2 ダダ)

平成25年2月号 ウルトラシリーズ(その2)

しばらく行方がわからなくなっていたダダのフィギュアがようやく見つかった。
これは3~4年前ガチャガチャで出ていたもので、いくつかの家電量販店で探したがみつからず、わざわざ新宿のヨドバシまで行ってゲットしたものだ。


所在不明の間、どこかで悪さをしていなかっただろうか。
何しろダダは、人間を標本として持って帰るために地球に来たという悪い宇宙人だ。
今度は逃げ出さないようにこちらが「ダダ標本」にしてやった。


ウルトラマン第28話「人間標本5・6」に登場するダダは、奥多摩にある宇宙線研究所を占領して研究員4人をミクロ化して標本にしたが、5体目と6体目の採取に手間取っていた。
そこに、報告書を催促に来た中央宇宙原子力研究所の女性技官と、その女性のあとを追ってきた科学特捜隊のムラマツ隊長が現れ、ダダに狙われる。
いかにも異様な風貌のダダであるが、研究員たちにはえらそうにふるまうものの、ムラマツ隊長にはやられっぱなしだし、ウルトラマンにはまったく歯が立たない。
それにテレビモニターで上司から「早く6体揃えろ」と強く催促されて焦るところなどはサラリーマン(?)の悲哀を感じさせるし、人間を小さくする「ミクロ化機」が故障してムラマツ隊長たちを取り逃がし、本国からもう一丁送ってもらうなど手際もあまり良くない。
強そうで弱い、怖そうでヌケている、そんなところがダダの魅力でもあるのだろうか。
ウルトラマンに出てくる怪獣や宇宙人の中でも知名度や人気ではバルタン星人やゼットンに優るとも劣らないだろう。

ミクロ化機を構えて得意気なポーズをとるダダ


あれ、パソコンに向かってこの原稿を書いているうちに、標本にしたはずのダダがいつの間にか逃げ出してしまった。


この顔を見たらご用心。「ダッダーッ」」



2013/01/05

平成25年1月号 長谷川等伯

平成25年1月号 長谷川等伯

あけましておめでとうございます。昨年一年間お付き合いいただきありがとうございました。
 今年もおもしろい企画を展示していきますので、ご来場お待ちしております。
 
 今月は桃山時代から江戸初期にかけて活躍した絵師、長谷川等伯。
 まずは国宝「松林図屏風」(東京国立博物館蔵)。
 金屏風がわりにおそなえの後ろに置いてみた。


これは3年前、没後400年の節目に開催された「長谷川等伯展」(2010年2月23日~3月22日)を見に行ったとき東京国立博物館で購入した絵はがき。
 絵はがきだが、写真のとおり折り曲げて屏風のようにすることもできる。

初めて「松林図屏風」に出会ったのは2002年に出光美術館で開催された「国宝松林図屏風展」(2002年2月26日~3月24日)。
 閉館間際だったからだろうか、ほとんど見る人もいない静けさの中、この作品のもつ厳粛な空気を体じゅうで感じとったことを鮮明に記憶している。
 
 それから8年後の「長谷川等伯展」でふたたび「松林図屏風」に出会うことができた。
 「等伯展」は京都国立博物館でも開催され(2010年4月10日~5月9日)、京都でしか展示しない作品もあったので、ゴールデンウィークに京都でも見に行った。
 東博では人が多く、落ち着いて見ることができなかったが、京都では人も少なくじっくり見ることができた。
 今年は3年ぶりに東博で新年の特別公開をしているので、東博のキャッチコピー「博物館に初もうで」につられ、来週には「トーハクで等伯」を楽しむことにしている。

 次もやはり3年前、京都・建仁寺の両足院で拝見した「竹林七賢図」。



 両足院では毎年この時期に等伯の「竹林七賢図」や伊藤若冲の「梅雪雄鶏図」を特別公開している。
 博物館の展示スペースでなく、畳の部屋で座って鑑賞する屏風絵は格別だったので、その時の雰囲気を再現してみた。



 庭園の庭石と石畳はトミーテック社のジオコレシリーズの「日本庭園セット」、砂は東急ハンズで購入したジオラマ用の白い砂利。
 畳は以前、100円ショップだったと思うがどこで買ったか忘れてしまった。コレクションボックスにはうってつけのアイテムだが、品数があまりなかったので多めに買うことができず、手元にはこの2枚しかないのが残念。

 下の写真は、右隻と左隻のアップ。
 パンフレットから絵を切り抜き、黒い画用紙に貼り付けた。

右隻


左隻


2012/12/06

平成24年12月号 日中国交正常化40周年

平成24年12月 日中国交正常化40周年

先日、東京国立博物館で開催されている「中国王朝の至宝」展に行ってきた。
この特別展は、日中国交正常化40周年と東京国立博物館140周年を記念して開催されたもので、
中国最古の王朝といわれる「夏」から「宋」までの歴代王朝の至宝を、時代が近い王朝どうしの対決という形で展示している。
行ってみた感想を一言でいうと、「なにしろ面白かった」。
何が面白かったのかというと、特に時代が古くなればなるほど、「古代人たちは、何のためにこれを作ったのだろうか、それに、そもそもこれは何を意味するのだろうか」といったものが多く、展示品の前で頭をひねったり、感心したり、驚いたりと大忙しだったからである。

そこで今月は、その場の雰囲気を少しでも伝えることができればと思い、ガチャガチャでゲットした展示品のフィギュアを紹介する。

東京国立博物館も独立行政法人になり、商売っ気が出てきたのか、
最近ではこういった展示品のフィギュアのガチャガチャを出すようになってきた。
スーベニアショップに前にはガチャガチャの機械が6台ほど並んでいて、「中国王朝の至宝」展の他には埴輪のシリーズもあった。
(実は、埴輪や土偶、三角縁神獣鏡はすでに家電量販店のガチャガチャコーナーで入手済みなので、いつかコレクションボックスのコーナーで紹介します)

正直、こういうものを出されると、フィギュア好きの私としてはついつい出費がかさんでしまい、非常に困ってしまう。
と言いいつつ、一方では、他にももっと出してねと思う気持ちもあるのだが。


さて、本題に戻る。
会場に入ってまず目についたのが、この金製仮面。紀元前12~10世紀ころの蜀のもので、現在の四川省成都で出土された。
高さ3.7cm、幅4.9cmの小さな仮面だが、きらきら輝いているこの表情は人なのか、神なのか。



古代人がどういう発想で作ったかわからないものが続く。
こちらは紀元前12~10世紀に殷から西周時代に作られた人形器(ひとがたき)。胸の部分か、顔の部分かわからないが円い孔が開いている。
この孔が何を意味するのか分からない。


続いて紀元前13~11世紀に殷時代に作られた突目仮面。
その名のとおり目が飛び出ている。
これは神の像なのだろうか。


羽根のようなものがついた羽人(うじん)。紀元前4世紀の戦国時代のもの。
ガマのような動物の上に羽を広げた鳥が乗り、その上にくちばしと尻尾をもった人が立っている。鳥と人は一体のように見える。


そして人頭像。
説明書きを見ると、巫者といった特殊な人物を想定したものかもしれない、とある。



これは、秦の始皇帝の陵墓に埋められていた有名な兵馬俑の一つで跪射俑(きしゃよう)。
弩を構えている兵士の表情がりりしい。
それにしても陵墓には兵馬俑が8000体以上も埋められていたのだから気の遠くなるような話だ。


そして集合写真。
全部で8種類あるが、あとの2種類はゲットできなかった。
それにしても、一つ一つがいい出来で、よくオリジナルの雰囲気を出している。


今年の1月から2月にかけて開催された「北京故宮博物院200選」では「宋」から「清」の壮大な皇帝コレクションを見ることができた。
今回の特別展は「夏」から「宋」までだったので、この1年間で中国4000年の歴史の重みを一気に味わえたことになる。
これも日中国交正常化40周年のおかげ。

館内には中国人のグループも何組か来ていて、中国語が飛び交っていた。
大きなテレビスクリーンには山水画によく出てくる西湖の景色が映し出されている。
そして目の前には中国王朝の財宝の数々。
まるでふらりと中国のどこかに降り立ったかのような気持ちになった。と同時に、10年前に中国に行ったときのことを思い出した。
そのときのメーンテーマは「中央アジア」だったので、主にウイグル自治区のウルムチ、トルファン、カシュガルと回ったが、行きと帰りに北京に泊まり、万里の長城や故宮などお決まりの観光スポットにも行った。
中国はしばらく遠ざかってしまったが、次回はシルクロードの起点の西安や莫高窟で有名な敦煌に行ってみたいとか、旧満州を訪ねる旅をしたいとか、青島にビールを飲みに行きたいとかいった企画は頭の中にある。

(追記)
この後、中国には何回も行くことになるのですが、旅行記はこちらのブログにアップしていますので、ぜひご覧になってください!
 ↓
ぶらり気ままな散歩路


2012/11/01

平成24年11月号 沖縄病

平成24年11月号 沖縄病

  11月に入り、ぐっと寒さが増してきた。
 以前ブログにも書いたが、北風が吹いて手にあかぎれができるようになると温暖な沖縄に行きたくなる。
 このところの寒さのおかげで指の先や手の甲がかさかさになってきた。そろそろ沖縄が恋しくなる時期だ。

 沖縄だって冬は寒い、と言われるかもしれないが、寒さの程度が違う。
 薄手のジャケットくらいは必要だが、那覇空港に降り立つと体全体が緩むような気がするし、何しろあかぎれがいっぺんで治ってしまう。
 
 沖縄モノの本を読んでいると、「沖縄病」ということばが出てくる。
 沖縄が気に入って移住してしまうくらいになると重度の沖縄病だそうだが、私の場合は冬になると行きたくなる程度なので、軽度の沖縄病ではないかと勝手に自己診断している。

 さて、この病気に罹ったのはいつのことだろうか。
 学生時代に夏に沖縄に行って海で泳いだりもしたし、その後も何回か行ったが、特にのめりこむようなことはなかった。
 しかし、8年前の11月、突如、沖縄の離島に行きたいと思い立ち、石垣島に行ってから状況が一変した。
 その時は西表島、竹富島にも船で渡ったりもしたが、沖縄に流れるゆったりとした南国の空気が今までになく心地よく感じられたのだ。
 それから、いずれも毎回2泊か3泊かの短い旅行ではあるが、毎年寒くなると沖縄に行くようになった。
 前置きが長くなったが、ここで今月のコレクションボックス。



三線と太鼓は、沖縄に行っているうちにガチャガチャで集めたもの。
太鼓には説明書きもついていたので、ふたに貼り付けてみた。



 両脇を固めるシーサーは那覇空港の売店で300円で購入した。

 
 下の写真は3年前の1月に宮古島に行ったとき、定期観光バスのくじで当たったCD「ハマシタンの風」。
 「彩風~AYAKAJ~」という女性ボーカルとサウンドプロデューサーのユニットが出したもので、CDの帯には「石垣島から島々の包むやわらかな風のよう」とある。
  
 普段はくじ運は良くないのだが、他にもお風呂の壁に水で貼れるポスターも当たった。
 だから宮古島は私にとって「ラッキーアイランド」だと思っている。


 CDの横には宮古島の泡盛「菊の露」。これを飲んでいると運が向いてくるような気がする。近くのスーパーにいつも置いてあるのもうれしい。

 ここまで書いてきて、また沖縄に行きたくなってきた。
 でも大丈夫。実は寒くなったら沖縄に行きたくなるのを見越して12月下旬に予定を組んでいるからだ。
 だから気持ちがそわそわすることもない。


「山さんのおもちゃ箱」

令和元年8月号 3Dで楽しむ浮世絵の世界(歌川広重 立体組上図)

今回紹介するのは海洋堂「歌川広重 立体組上図」。 ラインナップは、「名所江戸百景」から「大はしあたけの夕立」。   同じく「名所江戸百景」から「亀戸梅屋敷」。 「東海道五十三次」からは「箱根 湖水図」(下の写真右)、「由井 薩埵嶺」(下の写真左)。 続いて「桑名 七里渡口」(下の...